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2008年02月29日

群馬遠征

昨年に引き続き、今年も群馬遠征。
北関東の建築系の大学がそれぞれの住宅系設計課題の優秀作品を持ち寄ったコンクールなどなど。。。

去年は着任したばかり、ということもあり、有志に対して出してイマイチ建築になりきれなかったが、ことしは前期からビシビシ指導してきた学生の最後の課題として出した課題の優秀作品を持って行く。
課題は昨年に引き続き「未来型集合住宅の提案」として10年後に想定されるコンセプト集合住宅を設計せよ、と言う課題。
10年後という微妙な時代設定がミソで、なかなか面白そうな住宅がそろった。
去年よりも遙かにレベルが上がったので楽しみであーる。
今回のコンクールの審査委員長は早稲田でお世話になっていたF先生。
新潟行っても頑張ってまっせ〜!をアピールしたいところですね。

1泊二日の遠征なので、これまた昨年同様に高崎駅前の国の登録文化財にもなっている旅館を格安でゲット。
出品学生3名の他にも手伝い部隊総勢17名を引き連れて合宿。
やっぱり、建築学科なんだから良い建築に泊まらないとね。

というわけで、明日明後日と行ってきます。
さぁ、どうなるか・・・

2008年02月26日

研究成果の地域還元

まちづくりの研究であるならば、当然のことながら地域に還元したい。
今日は、商工会議所で「柏崎に関する研究」発表会。
うちの大学の卒論のなかから柏崎をフィールドにした研究をした学生有志による発表会。

すばらしすぎる企画。
今年で6回目とのこと。
我が研究室からも2編を学生が発表で全10編。
言い出しっぺが建築の先生だからかもしれないが、10本中8本が建築学科。
まぁ、それは仕方ない。

100人を超える一般市民の前での発表に学生の緊張は頂点に。
しかし、事前の綿密な発表準備のおかげで卒論発表よりもさらにレベルアップした発表ができました。
よくやったよくやった。
途中の休み時間にうちの学生には新聞記者が張り付く。
学生の親も来ていた模様。
良い親孝行の機会になったかな?

あとは他の地域をフィールドに書かせた学生達にも地域還元を指示しよう。
ひとまず明日は長岡の景観アドバイザー会議なので景観論文のプレゼンを持ちかけよう。

えんま通りの方は少しずつ動き始める。
本来ならばモデルになるアメリカの復興事例を住民に見てもらえれば、と調整するも都合つかないとのこと。
うーむ、残念ではあるが、ビジョン完成後スタックしたように動かなかった復興車輪がジワリジワリと動き始めた今日この頃。
明日の夜の例会は久々に気が重くならずに出席できそうだ。。。


2008年02月25日

卒業論文&卒業設計

先週に引き続き、今日卒業設計のプレゼンテーションがあり、我らが研究室の最初の成果が出そろいました。
結果、1名の落伍者をだしたものの、発表した者の評価はどれもよいものになったと思います。

卒業論文は柏崎市内をフィールドにやったものを明日商工会議所で発表します。

今日の卒業設計は、、、
惜しくも我らが研究室から1等はだせず。
というか、同立一位なのだが、近代建築掲載作品には選ばれず。
俺としては、課題設定では完全に勝てていたのに建築としての完成度やセンスで負けたのは、、、うーん。。。
努力不足!詰め不足!という感じ。
アートっぽい作品に負けるのは、ダメだね。。。

しかし、まぁ、建築学会に投稿するぶんには我が研究室のものが工科大代表作品として出て行くので、最低ランクはクリアしたと思うことにしましょう。

まぁ、我ながら大変な指導の1年でしたが、こうして良い仕上がってくれると良い気分。
来年も頑張ります。


という中、続く3年生は就職意向を個別に聞く。
会社を選ぶときはどんな仕事しているかをちゃんと見よ!
自分のためになる会社を選びなさーい!と指導。。。

まぁ、よくある普通の話をしていたが、、一人変わり者学生。
地域づくりを現場でやりたいんです、という学生。
頼もしいじゃないか。。。
確かに復興支援でも一番うまく動いている学生だからその可能性はあるな、、しかしいばらの道でもある。
いろいろ雑談しながら、とにかく今年はフットワーク軽く動き回れ!と指示。
その中から卒論のテーマを見つければよいし、あわよくば落ち着く先も見つかると良い。


2008年02月21日

消耗...

昨日は偶然のつながり、ですこし嬉しくなったが、今日は今日で復興関係でまた絶望。。。

言っていたことが2ヶ月遅れくらいで理解されるベースで進んでくるも、
相変わらず理解が進まない。
挙げ句の果てに議論の場をつくって上げたのに外された気配?

ココまでお膳立てしてあげているのにどうしてわかってくれないのだろう、
というもはや怒りを通り越して失望も通り越して、、、無念。

明日確認して、、、ダメならもう、、、ダメか・・・
虚無感が広がるな・・・

今までの自分のやってきたことが泡になるのか、、、


という状況で妙にテンションが下がってきた今日の夜でした・・・

2008年02月19日

偶然のつながり

卒論から一夜明け、再び復興モード。
朝一番で中越の復興支援関係と会議。
この会議は毎回ホテルで開かれる。だんだんホテルの応接間での会議になれていく自分が・・・

GWのアメリカ出張の段取りなど調整。
えんま通りの復興まちづくりの相談などなど・・・

終わってから急いで柏崎へ。
大学で受け損ねていた「はしか」の抗体検査。
わざわざ所定の病院まで行かされ、、血を抜いておしまい。一瞬でした。

それが終わってあたふた大学へ。
3月頭に群馬である課題コンクールに学生を連れて行くための段取り。
今年も指定文化財を宿にすることが出来ました。
建築学生を連れて文化財に泊まる。よしよし。

夕方には、徳島大学N先生来室。
昨日突然えんま通りの復興の話を聞きたいと連絡があり対応。
1時間強、えんま通り復興過程の説明と意見交換。
終わった後、実は徳島よく行っていました、と告白。
由岐(現、美波町)の話をすると、共通の知人(美波町役場Hさん)が居ること発覚。
おぉ・・・
そんな話をして、結局来年度徳島大での講演を依頼される。
徳島凱旋できそうです。。。
帰りがけ、、、せっかくなので、と由岐オーラルヒストリーの報告書をお渡ししようとすると、、、
「それ、持っています!」と・・・・
えぇ〜!
びっくり。
なんだか、良い気分です。自分で開拓したフィールドで作った報告書が渡っていた人に別ルートで繋がる。。。
偶然にしてもすごいつながりだ・・・

徳島大学に行く際には由岐町大宣伝キャンペーンかな?


2008年02月18日

第一期卒業論文

今日卒業論文発表。
我らが研究室の初めての論文が発表された。
論文は全部で6編。
結果は、よくやった、と思う。
最初の状況を思い返せばよくぞココまでまとめ上げた。

発表後の教員会議の中でひとまず、良かった論文を口々に上げる。
上がった論文7編の内、田口研3編。
上出来といってよいでしょう。しかも内2編は当初はかなり問題の多かった2名。
最後の最後で一挙に挽回して、それも自信になったのであろう、発表も良かった。
他の教員が
「○○くん、かわったよねぇ〜。あんな発表できるんだねぇ〜」と・・・
確かにシャイで口べただった彼は、アドリブ全開で「先生方もお疲れでしょうが、あと○編、もう一息ですので宜しくお願いします!」と眠い教員の目を覚ませてからプレゼンを始めるなど、良い良い
直前に「優秀な論文であることは当たり前で、それを元気よく発表しなくては意味がない」といった甲斐があった。

とにもかくにも、苦労した1年であったがこうまとまると達成感一杯である。
あと1週間で本論制作、卒業設計はあと1週間で発表。
踏ん張りましょう。


こういうときにふと、落後した学生の存在が浮かぶ。
延期が決まったとたん元気になる。
なんだ???
全員が帰った後、ひとり研究室に残っていた彼と対話。
おそらくは劣等感を感じているだろう。しかし、それは現実。
それを乗り越えなくてはいけないときもある。
あと、半年後に期待するのみ。


2008年02月17日

濃密day

2月16日。
中越沖地震被災から7ヶ月が経ちました。毎月のことですが、被災した日は「笑福市」。
前日15日夜に、東京で飲んでいる昔の仲間達から電話。
俺は新潟にいるので当然のことながら飲みには行けません。。。
仲間内に何人かお祝い事があったのでお祝い。

俺も一人家でのみ、、、飲み過ぎる。。。
翌朝7時に起きる予定が気付くと8時半。
8時に駅前のホテルに迎えに行く予定だったN大F先生からの電話で気付く。
ごめんなさいぃ〜

というわけで、急いで迎えに行って、復興についての意見交換しながら柏崎へ。
被災時間の10時13分黙祷にはなんとか間に合う。
笑福市。
大雪の中ではあるが、客足は良い。
しかし、スタッフは人手不足。こうしてイベントを続けていくのはなかなか大変。
研究室の3年生が居なくてはあぶなかったな・・・

笑福市が一段落してからF先生を伴って大学へ。
月曜日の卒論発表に向けた最終チェック。
発表時間わずか5分であるが、だいぶまとまってきている。PPTのデザインも洗練されてきた。
F先生には「PPTづくりのアルバイトを頼みたくなるくらい良くできている」とお褒めを頂く。

チェックが終わってから、夜は長岡に中越復興市民会議によってから小千谷の山奥の集落へ。
集落再編の説明会に参加。
この集落は地震がおこってから人口が72%減少した。
普通こんな率で人口減少する、というと、9名→2名とか母集団が少ない場合なら理解できるがこの集落は、39戸が11戸になったという。旧村全体でも1100人強→600人弱に減った。
これほど減ってしまうとあらゆる計画が破綻する。人口減少を想定した計画であっても破綻である。
ということで、9つの集落を1つの単位にまとめるべく議論がリアリティーを持って進められている。
限界集落になってからでは手遅れ、ということで集落再編。
ひとまず自治単位を1つに、ということであるが、あらゆる事を抜本的に変えて行かなくては立ちゆかない。

厳しい現実。
市民会議の人達は元気づくりのことを考えるが、それではどうにもならない部分をどうしていくのか。
ここでは振興の議論よりもライフライン維持・セーフティーネットの維持の方がよほど難しく切迫しているので振興策としてのイベントだとか内外交流イベントどころではないのではないか、と疑問もわく。


という2月16日でしたが、新潟県人談「2年ぶりの大雪」だそうで、とにかくものすごく振りました。
国道でさえ全く除雪が追いつくことなく、新雪がどっぷり積もっている。
小千谷の集落の会合では冒頭に区長さんが「今家にかえらんと家には入れなくなる」と帰宅。
入り口が埋まってしまう、と言うこと。
というとんでもない大雪でした。。。。
一晩で1mは優に超えて降ったのではないか?

2008年02月11日

締め切り間際に自信喪失

自分の研究室の学生を持って、1年と3ヶ月。
初めての卒業論文の〆切りが迫っている。。。
これまで、必死にやってきた、、、つもり。
1期生8名にあらゆる優先順位を譲ってきた、つもり・・・

であるが、、、
ここに来て、、落伍者が生まれる。
厳しい現実。
彼は突然言い出した。
その後連絡がつかなくなる。
あらゆる手を尽くす。なんとか連絡がつく。。。
しかし、やってきた彼の目はうつろ。
今さらどうして?
しかし、彼の中では何かが既に切れている。

今日6時間にわたる個人対話も効果なし。
他の学生にも動揺がひろがる。
とにかく状況はつたえる。

伝える自分が通常でないことに気付く。
それを学生は敏感に感じ取る。
俺も必死だ。。。

ここ数日の睡眠不足も眠気を誘発しない。
大きな試練。
自分ではどうにもならない自分の試練。

2008年02月08日

変な取材依頼

最近取材電話が多いのでだいぶ慣れてきたところでしたが、、今日の電話は、、
某Nテレ系地元局。
ガソリン高騰の現状について密着取材したい、とのこと

ん????

地震関係でないの?
と思いつつ話を聞いてみると、、
テ「ガソリン高騰で大変ですよね。。。その大変な様子を取材したいんです・・・」
田「あ、、、そうですか。。。で、何で教員なんですか???」
テ「いや、特に理由はないので、社会人ということで・・・他に仕事風景としての講義場面や、、家での様子など撮りたいんです。。。」
田「いや、、私はあまり適任でないかも・・・講義は既に試験期間ですし、、、家はほとんど寝るだけなんで・・・」
テ「ご家族とかいらっしゃらないんですか?」
田「あ、はい・・・・」
テ「でも、家でゆっくりされているところとか・・・」
田「いや、家に帰るのはいつも遅くて、昨日も11時過ぎですし・・・」
テ「遅いんですね。。。でも、その分朝はすこしゆっくりなんですよね・・・」
田「いや、、、いつも朝7時には家を出てしまうので・・・」
テ「はぁ・・・」

というわけで、断念されたようです。。。

そもそも、大学の教員なんて職種を一般のサラリーマンと同じように扱おうとしたってねぇ・・・
そりゃ、違うでしょ。。。

という感じでした。。。

2008年02月04日

東京出張

復興の方はなかなか期待はずれな部分も多いので、情報交換をしに東京へ。
せっかく月曜日東京で打ち合わせ、ということで、日曜日から東京入り。
祖父母宅を久々に訪問して、まぁ、一応元気でやっています、の挨拶&PCのセットアップなどなど・・・
続いて、時間あったら荒木町のTさんにご挨拶に参ろうかと思うも時間なくなり、やめ。
八丁堀に荷物を置いて銀座にて友人とのみ。
これが重要。新潟にいると友人も居ないのでなかなか飲めない。
なので、東京に行くときは友人を捕まえるに限る。

今年から弁護士先生になられた友人とのみ。いろいろと情報交換。
こういうアクティブな人との会話は楽しい。

今日は昼から本番の渋谷にあるA事務所との意見交換。
12時からということで、10時過ぎに渋谷に行き、本あさりでもしようと思いきや、渋谷には大型書店が見あたらない。早稲田のSさんにメールでジュンク堂の素材を問い合わせるも渋谷にはない、とのこと・・・
うーん、、、というわけで、イマイチ充実した午前を過ごせずA事務所へ。
12時から4時間にわたって意見交換。
16時過ぎ終了。。。再び荒木町のTさんどうしようか、と考えるが今日は早めに新潟に帰りたい(と言うのも、最近めっきり疲れております。。。)、というのとやり残した本あさりと買い物などで断念して、、、6時過ぎ発の新幹線でさっさと帰宅。
帰りの新幹線の中で意見交換の内容整理。

結構時間がないこと発覚。
明日から巻きで頑張ります。


2008年02月01日

高柳地域づくり

高柳の方から呼ばれて、地域づくりの会議に参加。
荻ノ島とかではなく、中心部の岡野町。

学生時代からお付き合いのある高柳で、呼んでくれた市役所職員(元役場職員)も旧知の仲
というわけで、いそいそと出かける。
じょんのび村ができて「訪れて良し」は充実するも「住んで良し」がまだ実感を伴わないこともあるので、高柳の中心たる岡野町にじょんのびのお客さんをどう引き込んでいくかの作戦会議。
ネタとしては古い民具が多数ある、使っていない施設がある、という。。。

ひとまず、簡単な会議をして、自己紹介&アイデアを紹介
そのまま、じょんのびに場を移して、懇親会しながら会議。
そのまま温泉につかってじょんのび泊。
平日のじょんのび村はお客も少なく、温泉も独占状態。
露天風呂含めて満喫しましたとさ・・・

久々に高柳でのんびりと思いきや、夜復興関係の電話などがかかってきたりかけたりあわただしく、急遽東京出張決定。

今朝は朝起きて大雪の中、岡野町のネタを視察。
うーん、施設は地震の影響もあって結構やられている。。。また、元工場だけあって、どう使うかがテーマ。
&箱物は大変だから、雪が解けたら簡単な社会実験をやれるものからやってみよう、と提案。
雪が降っている間はブレストやってアイデアをとにかく集めておこう、ということにする。
アイデアがたまればあとはやってみる気になるものから実験的にやってみればよい。

というわけで、今後もお付き合いすること決定。
学生も貼り付けられればなお良い。小学校とタイアップもおもしろいことが出来そう。
勝手にまちづくり妄想が広がる。。。
自分としては好き買っていったつもりが喜んでいただけたようで、今日の昼、帰り際にお米を頂く。
おぉ・・・・
大感動。まさに、一緒にいたメンバーの一人が作った米。純高柳産ですよ。
これは市販のじょんのび米とは訳が違うハズ。
すぐにでも食べたいが、、、仕事はしっかりやりましょう。
帰ろうと、役場の駐車場に止めてある車にもどってみると・・・
車の上に雪が50〜60cmほど・・・
たしかに、昨日からずっと降りっぱなし・・・それはつもる。。。
車に積んである雪かきセットでボンネットの雪、窓についた雪、屋根の雪を下ろしてから出発。
これ、屋根の雪も下ろさないといけないのが重要。
屋根に雪を載せたまま走ると、、、、ブレーキ踏んだときに、、、フロントガラスに雪崩が起きるんです・・・
(フロントガラスに屋根の雪が落ちてきて窓を全面的にふさいでしまうのです。。。)
これ、去年1回、今年1回経験しました。。。
もう、忘れません。

急いで大学戻って4年生卒論の締め切り直前毎週発表の第一弾。
設計組&休んでいる学生以外の5人分を発表&指摘。
大分まとまってきていて満足。
遅れていた連中もエンジンがようやくかかってきた。。。
研究室に入りたての3年生には、この1年間で成長しなくてはいけない幅が見えたろう。
どう意識が変わるか、だな・・・

ゼミ終わった後、復興関係のやりとりを数件やって、さて、帰るかな?
久々に早めに帰宅できるから、ジムにでも行きましょう。
それからお米を食べます。。。

あ〜たのしみ。。。