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2007年07月31日

Google Calendar

今回の震災関係であちこちの忙しい先生方を動員することもあり、日程調整などが結構大変。
しかも、柏崎はいろんなものがストップしたけれども他はストップしていないので他の大学の先生方は通常日程をこなしながらこちらに来てくれている(といっても、本学も通常に戻りつつあるのだが・・・)
そこで、NZ大のSさんがGoogle Calendarをつかいましょう、と・・・
なるほど、使ってみるとなかなか良い。
Sさんは研究室の学生に自分のスケジュールを伝えるのに使っているという。
なるほど。

いままで日曜日の夜に翌週1週間分の俺のスケジュールを研究室のMLに流していたが、時として変更があったりもする。
これが結構面倒。。。
というわけで、試しに我が研究室でもGoogle Calendarを導入してみる。
早速、このまえの日曜日以降に入ったスケジュールなども加えておく。
さぁ、機能するかな?

これに学生のゼミとかも入れていければとても便利かもしれない。
というわけで、ちょっと期待。


授業時間が確保できないがために夏休みに短期集中講座として開講しようとしていたデザイン科目が今回の震災で出来なくなってしまう。
うーん、、、学務と相談すると、出来るとしたら後期の土曜日のみ、とのこと。。。
うーん、悩ましい。。。

しかし、土曜日開講できるのは知らなかった。。。
というわけで、またアイデア練って面白い課題を出したいと思いまっす

2007年07月30日

平日なのに270キロ

いつものように朝7時に家を出発してガソリンスタンドでガス入れて、、、
怒濤の1日の始まり。
朝一番で先週末に事務に連絡しておいた風評被害対策出張の書類をもらって、いざ。。。
被災地にある大学ももれなく風評被害をうけるので、しっかりしてまっせ〜、と宣伝の必要アリ。
というわけで、朝から以前もいった妻有地域ぐるぐる出張。
しかーし、今日は昼に市役所で復興都市計画の県・市との打ち合わせ。
家→大学→川西町→十日町→松代→柏崎市役所→津南町の大移動。
朝一番で関係にメール連絡をして出発。
途中途中で携帯でメールチェックしながら妻有巡り。
松代まで行って、11時半になったので、途中のお店でおにぎり買い込んで運転しながら昼飯食べて一挙に市役所へ。
しかし、市役所周辺は震災関係のTVや自衛隊やらでごった返しているだろうから、駅の反対側に車を止めて徒歩。
市役所で会議。
いろいろ意見交換。住民代表とも同時に打ち合わせ。
1日に住民会合を開いてもらってそこで話をすることにして、さらに市役所の各部門でもっている計画を全部同じ地図に落として町中に掲示するように依頼。

打ち合わせ終わったら再び、車停めているところまで徒歩。
途中、仮設住宅の建設も始まっている。。。これは入居期間2年の限定。
つまり、2年以内に新しいまちができあがる必要がある。時間的猶予はない。

こうしている途中にも各所から電話がかかってきて対応。
また津南まで一挙にドライブ70キロ。
用を済ませて大学戻って、今日のまとめ作って、各所から届くメールに対応して、、、1~3年生までの学生でやり残していた電話連絡をやる。。。研究室には研究体制の立て直しをすべく全体会議の日程調整を開始。

一人作業していた学生にもポートフォリオのアドバイス。

再び席に戻って、調査項目のリストアップとW大S先生に協力依頼のメール。すぐに返事が来たのでさらに返事。
他大学に意見を聞くメール送付。

なんだか、4つくらいまったく次元のことなることを同時並行です。
気がつくと今日の運転距離は270キロに及んでいました。
二酸化炭素はき出しすぎです。

夜家に帰ると、、、再び各所から届く質問メールに対応。。。
ちょいとイライラ・・・
インタビュー調査ってそんなにさくさく出来るもんじゃないぞ・・・と・・・
機械的にインタビューをしようとするメールに微妙に釘を刺す。

しかーし、、、やりにくいですな・・・
圧倒的年下の俺から指示するしかない状況はいかがか・・・
イライラ・・・


しかし、昨日の選挙速報にでている政治家見ていて勉強になりました。
彼らは偉いなぁ〜。
むかつく質問されても、決して怒らない。
っていうか、、、怒ってもいいだろ!って下らん突っ込みにも穏やかにこたえているのは貫禄あります。
アレでキレないのはすごい忍耐。
俺は絶対にできない。。。=器が小さい。。。

勉強になりました。。。
が、、、
悩ましい・・・。

2007年07月28日

いろいろ同時並行

震災から10日ほど経ちました。
昨日の会議で方向性はある程度たったので、続いて各地にアピールする必要から8月末の学会でなんらかのプレゼンができないか、と各地に連絡。
学会の方もなんらかの報告の機会をつくるべく動いてくれているとのこと。
震災直後の関係各所に連絡しておいてよかったよかった。

しかし、震災復興の事ばかりを考えているわけにはいかない。
同時に風評被害ってのもあるそうです。特に今回は地震もそうであるが原発問題が大きい。
というわけで、月曜日は再び妻有地域の風評被害対策ぐるぐる出張。
しかし午後一番で復興計画の県との会議が市役所で入る。
うーん、午前中妻有地域に行って1時に柏崎まで戻って会議がおわってから再び妻有地域になりそうだ・・・
さらには、研究室学生以外の1~3年生学生への連絡開始。
それぞれ、元気にやっていそうで良かった。
やる気のある学生は復興計画づくりに巻き込んでいこう。

さらには、他の仕事もとまってしまっている。
これもやらなくては・・・

頭を切り換えながらいくつか次元の違う仕事を同時並行。。。

そういえば、昨日の会議の終わりにNZ大S先生から、、
「これから怒濤の3年間くらいが始まりますよ(笑)」と・・・

まだ、こちらにきて1年経ってなくてさらには講義準備とかですでに怒濤の10ヶ月だったのにプラスアルファで怒濤の3年間くらいの開始だそうです。。。

・・・

頑張ります。。。

というか、怒濤にできなければならないことも事実。。。

・・・

頑張ります。。。

2007年07月27日

070727 状況

柏崎は震災で大変、といえども、それ以外の地域は普通に動いている。
他の地域での仕事は柏崎の事情に関係なく動く。
朝から長岡市の仕事で新潟で会議。午後からは大学で震災復興にむけた会議。
新潟での会議がおわってから大学に急行。しかし、柏崎ICは緊急車両以外は出入り禁止なので、長岡ICで高速を降りて下道で行く。
大学に着くと学生が待機している(今のところ、俺が居ないと俺の研究室の学生は入構できない)。
会議の準備をして、いざ震災復興に向けた会議。
前回は大学関係者ばかりであったけれど、今回は
・大学関係者(N大・NZ大・うち・学会)
・学生
・市役所
・商店街
・建築士会
とほぼ、各分野そろう。
ここまでそろって来てもらえただけでも良いことだろう。
普段は8人で会議する部屋に20人近くがはいり、熱気を帯びる
まずは、各自がやっていること、考えていることの情報共有。
スケジュールの調整
体制の確認
つぎつぎをこなすが、終わると2時間半がたっている。
とはいえ、ひとまず8月のスケジュールが概ね固まる。
とにかく、やる気のある商店街をすぐにやってそれを他の地区にも見てもらい徐々にやっていくことに。
来週、再来週は忙しくなりそうです。

それにしても、午前中はこれから建てられようとしている建物についての会議。午後は壊れてしまった地区についての会議。なんとも大きく次元のことなる会議を続けるとなんだか頭が混乱。
帰宅後、午後の会議の議事録と、午前の会議の報告を書く。なんとも不思議。

テンション上げすぎると、どっと疲れが出ます。
それは良くないので、久々に泳ぐ。
かなりストイックに短時間徹底的にガンガン泳いで、帰宅して仕事。
うーん、いまいちリフレッシュ不足。。。
たぶん、泳いでいてもいろいろと考えながら泳いじゃうんだよな・・・

明日は、別の気になっている被災地に足を運ぶことにする。
TVでは絵になる被災地しか報道されないけれど、中心以外にもあるのです。
それを忘れてはいけません。

2007年07月26日

地震の後の大雨

今朝の事後談
結局あさ、家を出て国道を走っていると、先日土砂崩れで通行止めから回復したばかりにもかかわらず、再び通行止め。
西山町に迂回。
しかし道路が川のよう。大雨です。
これは土砂崩れも起こるだろうし、これで倒壊する家もあろう。。。
震災の後の大雨。大雪よりはまだ良いのであろうが、、、試練である。

結局大学まで1時間半くらいかかる。
大学ついてからは各方面との連絡。学内の委員会。
あっというまに5時半の退館時間になってしまう。

帰宅すると先日訪ねた知人からのメール。
先日、W大S研究室とともに訪ねた中心市街地からすこし離れた地区が避難勧告とのこと。
他の地区より標高が高い丘のようなところは山自体が変形して土台から家が揺さぶられていて、基礎に沢山の亀裂が入っていた。そこにここに来て避難勧告。
うーん。。。
人々の目は中心に向いているが、こうして目の行き届かないところの復興もやっていく必要がある。

明日の会議で話題提供してみる。

さて、今日ようやく大学に水道が通りました。
1週間以上水道がくるまで時間がかかっている。
研究室の壊れた配水管も直してくれました。

あとは、早く俺の部屋のブラインドを直してくれ。
窓が南側でブラインドが壊れていては、日差しが俺の背中に直接当たる。
これは暑いのである。。。。

状況 070726

今日は朝起きると土砂降り。
大雨洪水警報のようです。土砂崩れが心配ですが、、、、大丈夫かな?

明日は2回目の復興に向けた打ち合わせ。
市役所・建築士会・商店会からも来てくれることになり、本格的に動き出す。
大学の先生達も大勢参集。
事前に議事などしっかりと用意せねば・・・
ということで、被災モードは終わりにして、今日からは業務モードで行くことにする。
(被災後は毎日、スニーカー&Tシャツって感じでしたが、、、今日からはシャンとしたモードにします。ずるずるしてもしかたない。。)



昨日もW大Nさんに学生にすこししゃべってもらって長岡の店へ。
こんなにすいていることは滅多にない、という店長のおかげでいろいろとサービスいただく。
やっぱり、ここの料理はおいしいです。
お酒もおいしいです。

いつも来てくれているから、ということでかの有名な幻の焼酎「森伊蔵」をいただく。
やっぱり、おいしい。
しかし数万円も出して飲むというのも、イマイチ分からん。

2007年07月25日

携帯かえました

携帯かえました。
2年ぶりです。いやはや、、、一挙に出たての最新版、N704iμってやつにしました。
「μ」ってのは薄い機種についているらしいのですが、、、たしかにうっすいですぜ。

というのも、地震の時に大活躍するはずの携帯電話。
地震の数日後から突如として調子が悪くなる。ほとんどの時間が「圏外」
ここのところ、各地から頻繁に電話がかかってくるのに圏外はまずい。
最初は地震で基地局がおかしくなったか、マイナーなMOVAは後回しかと思って問い合わせるとそんなことはないという。

おっかしいのでDoCoMoショップへ。
汗などの水分で基盤がさびている可能性大。とのこと。汗でダメとはひどすぎ!と文句を言っても始まらない。
というわけで、買い換えました。
DoCoMoショップは高いので、学生に聞いて長岡の新しいショッピングモールに初めて出かけて機種変更。
というとうMovaからFomaになってしまいました。。。

しかし、いろいろ機能があるようですが、、、説明書を読むのが面倒くさい。。。

状況 0707224

大分落ち着いてきたこともあり、研究室学生で自宅から通える者には研究室入室許可をだす。
やってきたのは4名。
ついでに、被災地が片付く前に、ということで、中心市街地のメインストリートおよび駅からメインストリートまでの建物すべての立面写真を撮影開始。全部で600枚くらい?
とにかく、基礎資料ということで集めておく。
これからつなげる作業はたいへん。
さらに、炎天下での作業はかなりやける。つかれる。。。。

11時から15時半まで撮影。お疲れ様です。
お礼にアイスをごちそう。

しかし、大学は被害が大きいのとセキュリティの関係で毎日17時半には追い出される。
短すぎです。

夜は助手時代の同僚のNさんが長岡に来ていたので飲む。

今朝も久々に大きめの余震がある。
長岡で震度4。
まだ来るかぁ、という感じである。

2007年07月23日

状況 070722

今日は朝からW大S先生&S研究室に同行。
S先生は親戚筋が皆被災地域にあり、山奥から少しずつ見る。
柏崎の中山間地域は中越地震の震源と今回の震源との中間領域とということもあり、中越地震の時と同じくらいのゆれ、今回の震災については被害軽微のよう。

再び中心市街地、各地の倒壊現場はつぎつぎと片付けが進んでいる。
また、応急診断の結果も2枚目(?)がはられていて、住民に混乱が見える。
知人宅訪問。
建物自体が歪んでいる模様。
続いて、知人の奥様の実家訪問。学会等の初期調査には載っていない地域で被害甚大。
地盤が動いて地域一帯が歪んでしまっている。
このあたりも、ビジョンづくりが必要かもしれない。

夜、帰京するS研究室の皆様と軽く飲む。
帰宅後ばたんQ。
お疲れです。
NZ大S先生が東京の動きそうな筋に連絡してくれている。
T大O先生は、今回は原発問題も絡んできそうなので、市役所・県庁とも早めに連絡を、という。明日、市の都市計画関連にメールを送っておこう。

地元大学の関係に緊急調査の項目案を関係に送る。
どんどん進める。
とにかく、スピードと連携が重要。
頑張ります。

2007年07月21日

中日

大学管理がこれまでのデジタル仕様(業者のセキュリティ・システム)からアナログ仕様(入り口に受付け作って帳簿による入退館管理)になっていることもあって、土曜日・日曜日には入れない。
自動的に復旧作業は中断せざるを得ない。
というわけで、今日は休息日。
本当に寝まくった。。。いくらでも眠れてしまう。あ〜、寝過ぎかな?

W大S先生のチームが長岡に着くのが夜なので、それまでは一挙に体力回復を図るべく、ねる。(といういいわけ)
再び忙しくなる来週に備えなければ。。。
8時頃長岡駅前のホテルにてS先生一行と打ち合わせ。
被災地の状況をレクチャー。
彼らは構造系、おれは都市計画系。
必然的に僕の手持ち資料は都市計画系の資料になる。
都市計画図だったり、柏崎管区計画統括図だったり、、構造系は建物の部分をみているので、この手の地図はあまりよく知らないらしく、僕にとっては当たり前の地図も彼らには物珍しく映るようです。

柏崎・西山・刈羽の位置関係はいろいろな事情から、柏崎・西山は合併しても間にある刈羽村は合併していない。
なので、柏崎と西山を含む地図には自動的に刈羽村も入る。(つまり、刈羽村は柏崎市のなかの浮島のよう)

そんな地図を見せながら、このあたりはこういう地盤、このあたりはこういう断層がはいっている、などを資料を見せて説明。断層のずれと建物倒壊の向きが比較的そろっていることなどを説明。

東京に伝わっている中心部以外の被災地域を自分でとってきた写真などで説明。。。
明日は彼らに朝6時半に拾ってもらってから同行して現場入り。
雨が降りませぬよう・・・

構造系がどういう調査をしているかを見ることも重要。。。。


S先生は俺はW大を退職するときの学科主任であったり、○○の同級生であったり、ほかにもいろいろなつながりがある先生なので、これからも情報交換を続けたいね・・・。

なんだか、協力のお礼に焼酎をいただく。
ありがとうございます!

状況 070720

被災した家屋を対象に危険度の応急診断が進んでいる。
建築の専門家がまわっているが、とにかく数ある建物を診断して歩くので目視でしか確認できない。
その中で「危険」などの紙を貼っていく。
危険とされた家は次々と壊されていく。
壊されたあとは新しい建物が建っていく。
まちが新しくなっていく。しかし、バラバラに直してしまっては今までの町は壊れてしまう。

この機会にこれからの町をどうするかも考える必要がある。

今日、僕の研究室にN大Fさん、NZ大H先生、S先生などを集めて今後の打ち合わせ
とにかく、変な再開発がなされる前に、現況把握をしておく必要がある。
今週中にブレストして調査すべき項目を挙げ、来月中に学生ボランティアをつのって一挙に調査、たたき台をつくりたい。
盆明けにN大、NZ大、工科大+各地からのボランティア学生で一挙にやりたい。
つらい震災ではあるが、まちが壊れてはいけない。

このままでは古い家屋とハウスメーカーの混在になってしまう。
スタートアップを地元大学で切れたのはよかった。
建築士会にも声をかけて、とにかく、おかしくなる前に動く。。。。
昨日、W大S先生を連れ回しながらいろいろとお話しして、学会の全面的バックアップの体制も作れそう。。。

頑張ります

明日はW大S先生(今度は構造系のS先生)がよる長岡に到着予定。
到着後、状況をレクチャーして、日曜日に現場へ。
ついでに構造的なアドバイスも市民にしてもらおう。。。。

とにかく、僕の人脈でここに来る人はもれなく、柏崎に役だってもらわねばならない。

研究室の方は自分の部屋もひとまずPCも動くようになり、最低限の機能はクリア。
あとは動いてしまった重い棚は学生が来たときに手伝ってもらわねば動かない。

とにかく、これでやっていこう。。。
自分の部屋が一段落したら、一挙に疲れがでて、、、そのまま椅子2つ並べて仮眠。
こちらの大学に来て、いす並べて寝るのは初めてかもしれない。。。

とにかく、体力がなくては乗り切れない。
頑張ります

2007年07月19日

状況 070719

被害状況がだいぶはっきりしてきました。
続いては復興です。重要です。
地元の大学として何をなすべきか、なにができるのか。

考えます。

今日は朝6時半に長岡駅にW大S先生をお迎えにあがり、ともに大学へ
大学紹介も兼ねて(こんな時期に?だけど・・・)大学を見てもらう。
続いて現場へ。
暑い中いろいろと見て回る。
とにかく中央でちからのある人に状況を把握してもらうことも重要である。
東京で会議がある前にわざわざ来てくれたのに感謝。

それも僕の役割。
しかし、今日は暑い。震災後もっとも暑い日だったようです。
S先生お疲れ様です。先生のお疲れをよそにせっせとあちこちつれて回りました。
その後、鯨波方面の崖崩れをみせ、工業地帯の状況を見せ、長岡へお送り。

送った後大学にもどり、、、いざ! 我が部屋の復旧開始。
なお、学生の研究室は昨日せっせと整備して、震災前よりも綺麗にしました。
ネットもつながり、完璧のよう。
しかーし、残っていたペットボトルを洗面台で流す。
すると、数分経つと、床に水が広がっている。
ん???
なんと、、、建て付けの洗面台がずれて、中の配水管が折れています。
おぉ・・・気付かなかった。
ぞうきんで拭き拭き。

で、自分の部屋、少しずつ片付け前進し、自分の机の前まで進む。
散乱したガラスもなくなった。
あとは机の周囲に数十センチにつもった、書類、本、メディア、ファイル、文房具などなど、、、
しかも、棚も傾いている。
傾きを直そうとすると、なぜか、そのしたにインターロッキングが1個?
は〜???
これは一人では取り払えぬ。。。うーん・・・
しかも、途中で切れた電話線発見。電話回復させるの忘れてたことに気付く。
しかーし、電話線なんて予備がない。たしか自宅にあった気が・・・
家に帰ってとってくるしかない。電話復旧断念。

続いてさらに前進。しかし、数十センチの書類の山は強敵である。
中には重要書類もある。いらない書類もある。全部の内容を見ながら判断。
捨てるモノ、ファイルするモノ・・・

と奮闘していると、、、「そろそろ施錠します」とのアナウンス。
中断。

明日は朝からNZ大S先生、N大Fさんら専門家を僕の研究室に迎え、今後の動き方やスケジュールの確認。
またタフな日になりそうです。。。。

昨日の午後からなぜか携帯の調子が悪くなる。
常に圏外。うーん。安否確認にも携帯は必需品。
震災の影響でMOVAは優先順位おとされたか? と思い、DoCoMoに電話。
FOMAもMOVAも問題ないはずとのこと。。
うーん、

帰りに長岡のDoCoMoショップへ
中身をあけて「ぬれていますね〜」という。
そんなことはない!  と反論
すると、「確かに水につけていないようですが、うっすらと変色(水没表記の所)しているので、おそらく湿度でしょう」
え〜!
湿度でこわれんの? と聞くと、、「精密機械ですから・・・」
しかしDoCoMoショップで買うと高いので断念。
調子悪かった携帯もどうやらなんとなく直っている模様なので、、週末まで乗りきることにしよう。

という今日この頃です。

帰宅後、昨日今日と歩き回って日焼けして、、、腕が真っ赤です。
でもどうして右手と左手の焼けっぷりが違うのだろう???

2007年07月18日

地震報告 08

ようやく、研究室MLに全員からのメールが入る。
安否は伝聞で確認していたモノの、ちゃんと本人から反応があると安心する。

しかし、やはり学生の一人暮らしの恐怖が伝わってくる。
メールに
「実家に帰ろうとしたら、通行止めで帰れず、柏崎のもどるも、家の中は水浸し。リビングは大丈夫だったのでリビングに居るも怖くて車に移動。結局柏崎の友人宅に行って一緒に外で一夜を過ごした」というメール。
地震の中で一人で居る恐怖が感じられる。

学生はあまり地域社会との接点を持っておらず、こうしたときの情報収集能力が低い。
一人暮らしの老人と同じほどの弱者かもしれない。

地震報告 07

今朝、余震で目が覚めてから準備して再び出発。
国道8号線はまだ不通のようなので再び越路経由で向かう。

大学につくと、今日は3時に教授会とのこと。
そうか、いろいろと伝達事項があるのだろう、と・・・

で、市街地に状況確認に行く。
駅前は液状化が若干、駅と海岸の間の丘のようななった地帯(地盤は砂丘)に被害が集中している。
路面が陥没し、地割れ、建物倒壊などなど・・・
しかし、人々はしっかりと前を見ている。目線が力強い。
また、壊れた住宅を見ていると、ほぼもれなくすべて土壁の瓦屋根。
コンクリート造、現代建築は外見ではほとんど無傷。
うーむ。。。。

1時半頃まで中心部を歩き回った後、駅の反対側へ。
水害対策の検討会議で関わっている地区に行ってみる。
大きな被害はないものの全壊家屋もある。
この辺は今回のメディアに注目されておらず、応急診断もなされていない。
こうした地域の情報を発信していく必要があるかもしれない。

とりあえず、各大学の先生がたと連絡が取れ始めた。
傍若無人に調査にはいるのは良くないということなので、ひとまずNZ大S先生と対応を協議することとする。
大学には学術調査の拠点に出来ないかと打診。許可
学科会議で、会議室、PC室も適宜解放を確認。
そんな会議中にも大きな余震。
俺はひとまず、拠点機能を整えるため、自分の個人研究室の復旧は後回しにして被害軽微な学生室を整える。
PCは無事動作。
プリンタも稼働。
明日にはネットも開通するであろう。
壁に都市計画図や統括図、地質図と主要箇所の白地図をはり、情報を貼り付けられるようにする。
いろんな人に、それぞれの考えを残していってもらうようにやってみる。

ひとまず明日早朝に山形からW大S先生がくる。7時前に長岡駅に迎えにいって一緒に柏崎入りの予定。
忙しくなりそうです。
今日は1日被災地を歩き倒してかなりお疲れです。
被災者には目が合うたびに挨拶し、励ます
帰宅して初めて腕が真っ赤に日焼けしていることに気付く。

higashihoncho3-01.jpg
被害が一番大きいと思われるあたり。倒れている多くの家屋は土壁造りです。



nishihoncho-01.jpg
西本町の方は路面の家屋被害とともに路面の陥没・亀裂がひどいです。

地震報告 06

朝4時半、余震で目が覚める。
昨日は昼に一度余震を感じたくらいで、収まるかと思いきや、明け方やってきた。
昨日の夜から結構雨が降っている。土砂崩れなど、大丈夫かな?
ニュースは被災よりも原発の責任問題(つまり政治問題)に話題の中心が移りつつある。
世論の興味の移り変わりは早い。

海外からも昨日からメールが来ているのでやりとり。
かつて荻ノ島でともに暑い中、熱く厚い数日間を過ごした仲間。
今回の地震のニュースは世界を回った模様で、皆気になるという。
返事に荻ノ島の写真を送る。

地震直後の安否確認のメールや電話のあとは少しずつ今後の対応を考える必要がある。
大学の方はメチャクチャであるが、棚などは歪んでいるし、ライフラインが復旧していないので機能しない。
棚も再び壁に固定するか、新しいモノと交換しないと使えそうにない。さらには余震で再度倒壊する可能性もあるので、あまり復旧作業する意味ないかな?
というわけで、中越を経験した長岡Z大の先生や長岡G大の先生と連絡を取り、学会のエライ方々にメール送付。
T大N先生から即返事。学会としても動く予定ありとのこと。何か提案があれば、と問われる。。。

長岡G大の先生は俺を中心に都計学会で動く体制を整えるという。。。

拠点としては情報を持たねばならぬ。。。。

GISカメラ付き携帯持っておけば良かったと後悔。
とにかく、今日も柏崎に向かいます。

campus-01.jpg
大学の様子です。あちこち陥没しています。
復旧には時間がかかりそうです。


不幸中の幸いなのか、気温がここのところ下がっています。
ライフラインが復旧しないので、ものが腐りがちな時期ですが、基本が低いのがまだ救いでしょう

2007年07月17日

地震報告 05

荻ノ島の無事を確認した後、自分の研究室の状況を確認しに大学へ。
8時半頃に到着。
教職員の半分程度があつまっており、点呼したあと2人一組で行動するように、と指示されてそれぞれの研究室へ。
まず、学生の部屋を見てみる。
studio-01.jpg
iMac4台とMacbook2台、それにプリンタ類があるのですが、
iMac3台は机の上に倒れている。1台は床に落ちている。(写真で1台たっているのは、立ててみたモノ。この後やっぱり危ないと思ったので倒しておきました)
Macbookはグリップが聞いていたようで机の上で動いていない。
ただ、液晶ディスプレイは若干まわりから凹んでいるので、とくに傷もない。
ただ、ライフラインがまったくない(電気・ガス・水道すべてストップ)ので動作確認できず。
余震のおそれもあり、そのまま倒しておく。

続いて、、自分の個人研究室。
こちらはドアについている窓が磨りガラスなので、中は見えない。。
鍵を開けて中を見る。
壊滅です。
天井まである棚は耐震補強(壁にビス固定)されていたにもかかわらずあえなく倒壊。
PCもプリンタもなにもかも、押し倒され、反対側のガラス棚はわれ、、床には書類と書籍と割れたガラスが散乱。
他の教員も状況は同様で、「もし仕事中だったら、死んでいたかも・・・」と・・・
何から手をつければよいのか、、途方に暮れる。
とりあえず、棚を立ち上げる。しかしゆがんでいる。
とにもかくにも、仕事上必要なハードディスクを確保し、iMacを安全な位置に移動して、、、それだけで、疲れ果てる。
電気もないので、暑い中の作業は滞らないので、そこまでやって帰る。
帰りにボランティア、ということも考えたが、自分が相当疲れていることなども考えて、やめておくことにする。



office-04.jpg
個人研究室。奥が僕のいつも座っているところ。


office-03.jpg
僕の席の上には完全に棚が落ちてきている。どの先生の机も同じような状況で、みな「仕事中だったら死んでたかも・・・」と・・・


office-02.jpg
床には書類や書籍や割れたガラスが散乱。奥の方に床に落ちているiMacくん。しかし、そこまで到達するには2つの棚を立てなくてはいけませんでした・・・。

地震報告 04

oginoshima-01.jpg
昨日震災があり、今日6時半に家をでて大学に行ってきました。
普段つかっている国道8号線は通行止めのため、越路ー小国ー高柳を経由して大学へ。
途中荻ノ島に寄って状況を確認。
荻ノ島は柏崎でも一番山側で震源からも遠いこともあり、ところどころ道路に亀裂が入っている以外は大きな被害はないようでした。

ひとまず、荻ノ島の状況が気になっている皆様、大丈夫のようです。
じょんのび村は休館していました。

2007年07月16日

地震報告 03

夜になりました。

午後3時の大型の余震以降落ち着いていたのですが、9時を過ぎて再び大きめ目の余震が数回くる。
これは、弱者には厳しい。
家に寝れずに車に寝る人々の気持ちが分かる。

研究室の学生で柏崎にいる連中の安否を再度確認。
一人連絡がつかない以外は、みな、避難せずに家にいるとのこと。
実家に帰りたくても道路の寸断で帰れないとのこと。

TVの方は時間が経って情報が集まってきているのでしょう。
被害状況がどんどん大きくなっている。

ようやく大学関係の連絡が取れ始める
学内陥没箇所多数、特に建物最上階にある建築学科研究室の被害が甚大との連絡。
来週の授業再開に向けて準備せよ、とのこと。
とにかく、学科の教員に情報共有を呼びかけてよかったよかった。
大学まで普段のルートは普通であるが小国経由のルートが活きている、という情報も得る。

明日はというわけで、明日は小国ー高柳から柏崎にはいることにする。

地震報告 02

午前中の震度6強の地震のあと午後にも震度6弱の余震がありました。
その後もたびたび余震が続き、心理的にはジャブのようにこたえてきます。

繋がらなかった電話も繋がるようになり、研究室の柏崎在住の学生の安否確認。
一応、疲れている様子ではあるが、無事でいる模様。
絶えず学生同士でも情報交換を続けるように指示。俺とも定期的に連絡を取ることにする。
学生に聞くと、学生には市の広報(?)から工科大学は今週いっぱい休校との連絡があったという。
教員にはない。。。。???

とにかく、連絡体制を作ることが重要であるので、学生と連絡がついたのは良かった。
被害があった学生も居るようで心配はあるものの、安否が確認できて、ひとまず安堵。

家の状況を見ると水分がない、動くにも長野出張でガソリン少なめ、ということもあり、、少し出る。
まずコンビニでお金をおろす。行くと、おにぎりコーナー、ラーメンコーナーなどは空っぽ。みな中越の教訓があるのでしょう。
で、続いてガソリンスタンドにいくと大渋滞。運良くすぐに入れるも出るときは長い車の列が出来ている。
続いてスーパーに行くとこちらもパンやカップラーメンのコーナーは完全に空。
ウーロン茶はかろうじてわずかに残っていました。
ウーロン茶とビールを買って帰宅。

とするも、体のどこかで常に揺れに対して敏感になっている。
これは神経使うのである。

ただ、テレビの情報というのは非常に断片的でわかりにくいことも分かる。
テレビで概略を把握し、直接連絡で詳細を理解する必要がある。

地震報告 01

えっと、各方面から連絡をいただいていたりするので、分かる範囲で報告しておきます。

今朝10時過ぎくらいに家で仕事をしていたら、、ドスンと持ち上がる感じがあり、それから大揺れが始まりました。
最初は普通の地震かと思いきやどんどん揺れが激しくなり、椅子を離れて部屋の真ん中で踏ん張らないと立っていられなくなりました。
家の中は棚からモノが落ち、押し入れから中身が飛び出し、引き戸は開いたりしまったり、、、落ち着いた後は家の中はガチャガチャになりました。
あわてて、テレビをつけて情報収集。
長岡市内は救急車の音がひきりなし、上空にはヘリコプターや滅多に見かけない飛行機。

柏崎の被害が大きい、ということで市役所Kさんと連絡を取る。
「今は混乱していて、体制が組めない」とのことなので、要請があれば行くことにする。
しかし、その後のテレビやネットの情報によると、長岡ー柏崎間の道で土砂崩れ、テレビによると通行止め。
テレビを見ると知った地名や知った風景が被害を受けている。

とにかく、明日は早く大学に行くことにする。
きっと研究室も大変なことになっている模様。

つかの間

13日よるから長野に行き、14日、15日と学会でバタバタ・・・
15の夕方に帰宅して、週末出張続きでやれていなかった、家事をやる。。。

しかし、ここのところちょいとやり過ぎ。
過労ってやつですね。すこし、各方面からの依頼を受けすぎかな?
といってもまた機能も山古志の市民参加と栃尾のまちなみ整備に協力を求められる。。。
うーん、、、セルフマネジメントだな・・・。

というわけで、15日帰宅後はもうなにも仕事関係のことはやらないことにする。
1/3日程度であるが、完全にOFF。
レンタルビデオいって、DVD借りて、スーパー行って食材買い込んで、家に帰って洗濯開始。
じっくり煮込みながらカレーをつくって、おいしく食べて、一気にYシャツのアイロンがけ。
この時期スチームアイロンたくさん描けていると汗かきます。
というわけで、シャワー。

シャワーあがると、、、そういえば、、髪の毛湿ってるじゃん、ってことで、刈り上げ。
バタバタしているとよるも10時。
ビールの身ながらDVD鑑賞。

おわったのが今の時間。あれ、もう1時。
でも、つかの間の休息。明日はふたたび授業準備やら行政へのレポートやらいろいろとあるのである。
今日はつかの間の休息時間をたっぷりとろう。
というわけで、これから読書して寝マース。

2007年07月14日

長野出張

大学にいると怒濤の忙しさであるが故に出張はつかの間の休息である。
今日は長野に出張中。
今日、明日と信州大学で学会の支部大会。
僕は今日の朝から委員会&シンポジウムパネラーでプレゼンしなくてはいけないので、前日入り。

夕方まで研究室で仕事して、車で一気に長野に。
チェックインして駅の近くのおそば屋さんで食事。
帰りにビール買って部屋に戻る。9時からは再びiChatで打ち合わせ。
ところがところが、どうも山梨県のKさんとの相性が悪く、テレビ会議にならない。
うーん、、、と悩んだあげく、神戸-山梨-長野で音声のみの会議。
でもまぁ、結局顔は見ていないのだな・・・音声だけ十分成立。

打ち合わせれば打ち合わせるほど、やらねばならぬ事が増えているような・・・まぁ、質を上げるためには仕方ない。

朝、委員会前に部屋でプレゼンの確認していると後輩から電話。
ここの所の忙しさのあまり、学会誌に投稿中の論文の修正依頼されていたこと忘れてた。
鞄を見ると、やっぱり、、、ちゃんと入っている。というわけで、急いでチェック、Faxもスキャナーもないので、指摘事項を全部文面にして送付。

そのまま出発して信州大学。
大学内の駐車場に駐車すると隣の車の中に金沢から来ているIさん、Eさん夫妻。
おぉ〜超奇遇。しかも旦那さんのEさんとは委員会も一緒でした。

昼食とりながらの委員会が終わって今度はシンポの打ち合わせ。
で、シンポ。
プレゼン。テーマは「地域連携」。こちらの大学ではまだプロジェクトを動き出させたばかりでネタがないのと、どの大学もプロジェクトはあるだろうから、と差別化の意味もあって、「国土形成における地方大学の地域連携」みたいなでかい話をする。
しかし、こういうストーリー考えているときから、新潟の大学教員としてやるべき事、重要な位置づけであることが認識できてきたので、すこし大胆な仮説を提示してからプレゼン。
会場にはうなづく人がたくさん見えたから、概ね良かろう。
で、プレゼンのあとの重要なディスカッションが、、、、皆のプレゼンが伸びまくって、50分くらいとってあったディスカッションの時間がなくなり、かなり消化不良で終了。
うーん、、、

しかし、国土形成における地方大学の地域連携の重要性というのは、ひとつ発見かもしれないな・・・。

2007年07月11日

学生コンペ入選の報

僕がこちらに来てから、こちらの大学のデザイン志向の強い学生が良く僕の所を訪ねてくる。
ついつい、熱くしゃべってしまう。
必然的にみな自力建設好きになっていく。

で、先日あった学祭でも学生がシェルターを自力建設したいと言うからいろいろとアドバイス。
で、そのつくったシェルターをとあるメジャーなコンペに出品させたところ。。。
なんと、佳作入選した、と今日一報がはいる。

おいおい! すごいぞ!
学生や若者の間ではメジャーだぞ、そのコンペ!

よしよし。僕がこの大学に来たことによるひとつの変化が実を結んだひとつの出来事。
よいよい。。。
(と、、、、自分で勝手に自画自賛)

iChatの威力

明日は研究室で学生にやってもらっている柏崎のコレクションビレッジという公共施設の再生提案プレゼンテーションfor市役所&公共施設の管理者&日本観光協会トップ。
学生には依然プレゼンしたものの手直しと冊子化を依頼。
しかし、いろいろと赤を入れ出す。
今日は1,2限製図エスキスの後すぐに長岡出張だったため、エスキス中に学生にPCを持ってこさせてチェック。
いろいろ指摘。
冊子の方はまだ終わらぬ、ということで出張後にチェック。(つまり自宅でチェック)
修正事項をメールでおくる。
すると・・・
研究室のPCからiChatアクセス。
自宅ー研究室でiChat打ち合わせ。
なかなか機能する。

これは良い。
学生もインターネットの威力を感じ始めたかな?

さらにはiChatエスキスってこともあり得る。
スイスのHくん、Skypeだけど、できるかな?

というのも、2年生向け造形演習の課題。
即日課題で朝出して夕方までにプレゼン、というもの。
いろいろと考えたあげく、朝、キーワードの言葉ひとつを出題し(第一日目は「恐れの空間」)、それをイメージする空間をA3版ケント紙1枚で作る、という課題にすることにした。材料はA3ケントのみ。着色、接着剤などは自由。プラス人間一人以上を配置すること、とした。
ためしに4年生有志に事前出題、やってもらう。
個性が出てきてなかなか面白い。
ただ、講評するのが俺一人ではあまりにももったいない。
というわけで、iChatで参加出来る人いないかね?
ってiChatで講評ってできるかな?

2007年07月10日

出張中はリフレッシュ、されど、出張後は過酷

ここのところ、各種会議が重なって怒濤の忙しさのため、睡眠時間&疲労がたまっております。

そんなときにも出張は入る。
月〜木は授業があるので、出張は必然的に金・土・日となる。
先週金曜日は妻有地域をグルグルと出張。
夕方大学に戻ってすぐに出て家に車を置いて東京出張日曜日まで。
妻有地域の出張はとても気持ちがよい。車でドライブしているとところどころにアートがある。
ついつい降りて写真を撮る。さらに時間を作って十日町情報館、まつだい農舞台によったり、川西小嶋屋で昼飯を食べたり、一人出張ながら妻有満喫。
農舞台では、事務局の人としばし情報交換。いろいろとアイデアがわいてくる。必然的に気分が盛り上がる。

大学戻っていそいで準備して東京へ。
友人と飲む。アートのコンペをやらないか?の提案。
翌朝打ち合わせ&シンポ。
シンポ終了後パネラーの人たちと飲む&情報交換。
いろいろと情報もらったり、思わぬつながりがあったり、、Tさんはどうも柏崎で仕事があるらしく「この前工科大見てきたよ〜」と・・・
今度来たときはゲストゼミをお願いします。

日曜日は、東京出張恒例の各種買い物を済ませて、いつも宿泊でお世話になっている親戚宅訪問。
7時過ぎに長岡に帰宅。

週末に出張してしまうと家事やら翌週の準備やらが大変。
一挙にこなす。

昨日月曜日は朝一番から、授業、講義、研究室会議、講義、学生主催のパーティ、市役所都市マス会議、でよる10時までフル稼働。
11時過ぎ帰宅して火曜日の準備1時まで寝て6時に起きて朝ご飯食べて1限講義して、ようやく今に至る。

安堵&ぐったり。。。

最近東京出張して久々の人に会うたびに「痩せたね」と言われる。
それはイカンので自宅に鉄アレー購入。
ジムに行けない日も筋トレは欠かさないこととする。

翌日に響かない出張をしたいですね。
出張自体はとってもリフレッシュなのだから・・・

2007年07月02日

生活を豊かにしよう

月曜日建築意匠学の準備。
今までいろんな建築を紹介してきたが今回は「建築家と家具」について話そうと準備。
建築家がデザインする対象は建築のみならず、さらには建築家でなくても空間はデザインするのだ、ということで準備。
ミケランジェロから始めよう。建築家がデザインした建築以外のモノをかき集める。

で、ついつい本棚から引っ張り出す一冊の本。
宮脇彩著「父の椅子 男の椅子
建築家宮脇檀の娘が書いた本。とても好きな本。
おもわず、いろんな人に買ってプレゼントした。気付けば手元に無くて、あわてて買っておいた。
そうだ、図書館にも置いてもらおうと買おうとするもAmazonではもう売り切れ。
あ〜。。。。

宮脇檀の娘が亡き父と椅子との関わりを思い出を交えて書いているエッセイである。宮脇檀は椅子コレクターであり、生活の様々なシチュエーションで座る椅子を分けていた。うたた寝する椅子、物思いにふける椅子。ちょっと考え事をする椅子。お客が来たときに打ち合わせる椅子、等々・・・
椅子とともに思い出がある。

この手の本を見ると、生活を豊かにせねば、と思う。
「豊かさとは何か」を改めて思う。
あわただしく動いていることも幸せであるが、時としてゆったりとした時間も送らねばならぬ。

というわけで、今回の週末は料理をしたり、読書をしたり、うたた寝をしたり、とゆとりある週末を過ごす。
しかし、意図してゆとりをつくっている時点でまだ豊かでないな・・・