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2006年10月31日

データが壊れる

ここのところ、どうも外付けハードの調子が悪く、今日授業が終わって重要な書類の提出をすませた後に修復に取りかかる・・・
ところがところが、調子の悪さが頂点に!
マウントできなかったり、ファイルが壊れたり・・・

あわてて、バックアップ開始。
ひとまず、、種類関係のデータをバックアップ用の別の外付けハードから新しいポータブルハードにコピー。
で、、、そうだ、写真データだ・・・
と思ったとき、、、一番最近の写真フォルダアイコンがなんだか変なアイコンに・・・
しかもサイズが0kb、作成日が1904年1月1日に・・・
ぬ!! まずい!
しかもここのところCDに焼いていなかったモノだから、そのフォルダには大量の写真が・・・

というわけで、、、、今年の4月以降の写真がすべて消えました。。。
恐らくデータが消えたわけではないと思うんだよね・・・・(希望的観測)
参照出来なくなっているだけなんだよね・・・(希望的観測)
あ〜、でもこまった・・・
先週の北米出張の写真が・・・・消えた・・・・
先月のアルゼンチンの写真が・・・・消えた・・・
出雲崎の写真が・・・・消えた・・・・
あ〜・・・・

だれか、いい方法教えてください。
教材とばかりにとりまくっていた写真が・・・・・・・・・・・
たった一つのフォルダなのに・・・・(まぁ、2〜3ギガくらいのサイズですが・・・)
ぬ〜・・・

2006年10月29日

帰国

27日早朝にボストンを経って、シカゴ経由で28日夕方東京着
域に比べればだいぶ時差ぼけなどはないですね。
理由はわからんがやはり、東に向かうと時差ぼけがひどく、西に向かうと時差ぼけはさほどひどくはない。
なんでだろう?

それはともあれ、、、せっかく東京に来たからには新潟で変えないものを買っておかないと、ということで、祖父の家に1泊して、日曜日の朝買い物に出る。
といっても、こちらのビックカメラでも品切れで、目的は半分程度しか達成できず。
PC関係以外には本を2万円ほど購入。

というわけで、あとは新潟帰ったらインターネットがつながっているはずだし、洗濯もしなくてはいけない、頭も刈らなくてはいけない、などなどで早々に長岡に向かう。
恵比寿からなので、大宮経由で新幹線。これが運良く大宮の次がすぐに越後湯沢。おぉ。。。
というわけで、恵比寿長岡間2時間でいけてしまいました。
ラッキー。

で、帰宅すると案の定郵便一杯です。
明日からふつうに仕事です・・・
うぅ〜。。。。

なにはともあれ、、、自宅インターネットようやく開通。
また、生活基盤が一つ、ととのった。。。


そうそう。
東京の際にもう一つ重要なこと。
新潟では食べられないものを食べること。
田舎に行くとそりゃぁ、マニアックな店は少ないわけで、、、タイ料理の食材も手に入らないのです。
というわけで、東京に行くたびにあの店、この店と以前通っていた店に行くわけです。
ちなみに今日は新宿で買い物していたため、昼飯はハイチカレー。
おぉ、うまい。
まねして家でもよく作るけど、、だいぶ違うな。やっぱり、中身の濃厚さが違うな・・・
これは差を感じた・・・

微妙に影響されてこんばんは挽肉カレー(超濃い目)を調理。
うまいうまい。たまには和風カレーもいいものだ・・・

2006年10月27日

BOSTON 2日目

今回の出張唯一の1日オフ。
というわけで、朝から歩き倒す。
ホテルを出て、ボストンコモン→ビーコンヒル→バックベイ→プルデンシャルタワー→ハーバード橋→MIT→ノースエンド→ホテル
というかなりの強行軍。

もはや何をみても教材にしか見えません。これを学生に見せてどう解説するかをイメージしながら写真を撮る。そうみるとまた、いろんな見方ができておもしろい。ボストンコモンをみればオルムステッドのNYセントラルパークとの比較が浮かび、ビーコンヒルに登ってデザインコードの日本との比較が思うかび・・・おぉ、これはクルドサックだとか、ラドバーンだとか、あぁ、でもこれはもう先週話してしまった、とか・・・
プルデンシャルタワーは、本当はIMペイが作ったジョン・ハンコックを上りたかったのだが、9.11以降閉まりっぱなし、というので、隣のプルデンシャルタワーへ。町に行ったらまず、一番高いところへ上れ、という教えの通り高いところへ上れば町全体が見渡せる。
特にここボストンはさほど高いビルが多くはないので街区がよく見える。
街区一つを望遠で写真をとっても、頭に思い描くのはその街区の上に半透明でゾーニングを示すパワーポイントの図柄。
今日は特に天気がよかったのでボストンダウンタウンもよく見えれば、反対側は地平線の彼方まで見渡せる。おぉ、すばらしい。
で続いて、ハーバード橋を渡ってMITへ。こちらはフランク・O・ゲーリーのメディアラボを見学。まぁへんてこな建物ですな。ただ、外観はまぁ人それぞれ好みでしょうが、内観はよいね。
というか、あえて無駄な空間を作り出して、そこにテーブルといすを億問だから、そこかしこが外征のくつろぎの場になる。いいね。でも、日本の大学でこんなことしたらすぐ予算の無駄遣いって言われてしまうのだろうな。。。
MITからは地下鉄に乗ってノースエンドのイタリア人街へ。ここはいままでBigDigで隔離されていただけにかなり遅れている感じ。その代わりBigDigが終わったこれからはどんどん変わって行くであろう場所でしょう。
そこまでくるとかなりくたびれ果ててくるので、トラットリアでパスタ食ってサムエルアダムス飲んで、倉庫を改装したクインシーマーケット。横浜赤煉瓦の原型とでもいいましょうか・・・ただ、もう観光地以外の何者でもないですな。さらには日本の高校生修学旅行軍団が退去して押しかけていて、なんだかなぁ、、、何でボストンまできて制服で動いて居るんだろうなぁ。。。と思ってしまう。。。
というわけで、今回の北米出張最後の日は町を歩いて早めにホテルかえってバスタブにつかって・・・これから晩飯です。

帰りホテルのロビーで昨日夕食をともにしたMITの先生に会う。新潟でデザインワークショップをやろう、ということになる。さて、うちの学生は耐えられるか・・・
日本に帰ったら役所のKさんに声かけてみよう。


2006年10月26日

BOSTON

Boston
Westchesterの事例をいくつかインタビューして、そのままボストンまで車で移動。
夜にボストン着。オムニ・パーカーホテルチェックイン。
おいおい、一つのベッドに枕が7つ!
なんじゃこりゃ??? しかし、これも使い様。うまく枕で造形して非常に寝やすいベッド完成。
一度完成すればもう安眠。

で、ボストン実質初日は午後からかの有名なBigDigのインタビュー。午前中は時間があったので、一人ひたすら歩いて、ウォーターフロント開発からニューベリー通りまで踏破。
午後、BigDigの建築担当・周辺コミュニティ担当の人にインタビュー。あらためて、スケールのでかさに驚愕。

それが終わった後は、ボストン南端部のスラムクリアランスをやった地域を軽くみてMITへ。
MITでは、K先生、F先生と再会&転任の報告。&来てちょうだい、のお願い。
まぁ、いろんなところに行ったり、いろんな人に会ったりの一日でした。。

明日は今回の出張唯一の完全自由デー。
高層ビルの頂上まで登って、ボストンを見渡すのとMITのメディアラボの建物(フランク・ゲーリー作)を見学して、、、バックベイ、ビーコンヒル歩いて、といったところか・・・
あ〜、それにしても今日は疲れた・・・

2006年10月25日

NEW YORK

今日は朝からヒアリング。まず、New York Restoration Project(NYRP)訪問。ここはニューヨーク市内で放置されていた都市農園(とでもいいましょうか、、、)を市から買い上げてコミュニティ・ガーデンとして市民に開放している団体。
どうやら、ここNYは80年代の景気悪化で財政が破綻仕掛けた時期があって、そのときにとしないの空地を一気にオークションを行ったという。危機感をもった彼らは親近繰りをした上で、オークションに参加し、土地の買収を試みようとしたところ、ニューヨーク市から希望した公園についてはオークションから外して払い下げられた。
こうして獲得した公園を周辺コミュニティの住民との協議を通じてCommunity Gardenとして整備、今に至っているという。
そんな公園がNYRYが関わったものが60数カ所、TCLが関わったものが50数カ所あるという。
そんあインタビューを経て、午後はTrust for Public Land(TPL)を訪問&インタビュー。
TPLはNYRPと違って、土地は所有しない、というスタンス。土地を買い上げた上で、マンハッタン、ブルックリン、ブロンクス・クイーンズの3カ所にCommunity Land Trustを設立してそこに払い下げている。その上でTPLはこれら新しいLand Trustのサポートをする、というのが主な業務という。
手法が違えど、基本的にはコミュニティのための空き地をどう持続的に維持するか、ということを考えた結果であろう。
で、2軒のインタビューを終えて、いくつか事例を見て回る。
うーん、、、、たしかに手作り感いっぱいな感じの公園である。しかーし、美しくない。どうなのだろう?と「?」で頭がいっぱい。
こうした美しい話が、美しい公園を作っているならまだしも、(まぁ、見方によっては美しいということもできるが...)、コッテコテの手作り感いっぱいでいいのか・・・
という疑問。

そんなこんなで、まぁ、夕方になり、今日の調査終了。
案内していただいているA氏がマンハッタンで部屋探し手をしていると言うから候補物件を1軒一緒に魅せてもらう。おぉ、イーストリバーを眼下に見下ろすすばらしい景色!しかーし、家賃4千ドル。たっけー!
ってな、NY住宅事情でした。。

で6時過ぎにホテルに戻り、、、ふと思い立って、、、
ミュージカルみてきました。「オペラ座の怪人」。
ひとまず、、ガイドブックみると月曜日は休演が多い中、7時開演のものと8時開演の者があることを確認。チケットもないので、ひとまずシアターまで行ってみる。。。
俺でも知っているタイトルもいくつかある、、おぉ、「オペラ座の怪人」あるではないか、と受付で聞いてみるとチケットもあるという。即購入。
で、みました。チケットをぎりぎりでかってとれた割には会場は一杯。
しかーし、しかーし、こちらは時差ぼけから回復していない上に英語インタビューで疲れている。
ごめんなさい。居眠りしまくっっちゃいました。。。

で、終わったのがもう10時半。
いやはや、、、長い一日でした・・・
明日は、朝一番でホテルを出発して、いくつか事例を見学しつつボストンへ移動。
今回の調査旅行はバタバタだ・・・
結局MOMAにもいけず...

2006年10月24日

ITHACA→NEW YORK

061021 Cornell UNIV→NY
今日は比較的楽(?)で、朝はコーネル大学視察して、午後にニューヨーク行き。
Cornell Univ.はアイヴィーリーグの大学の一つだけに歴史を感じさせる重厚かつ、巨大なキャンパスです。キャンパスのあちこちをリスが飛び回っております。
いいな、いいなと言いながら見学。
この大学はアメリカ合衆国建設時期に「Land Grant University」といって、国から大学をつくるための土地を無償供与されて作られた大学だそうです。他の州だとこれが州立大学になっているそうですが、ここニューヨーク州はそれをやらずに民間ががんばってきたそうです。

で、昼くらいにコーネルを出てニューヨークへ。
ニューヨークについたのは5時過ぎかな?
なかなか時間かかりました・・・。

さて、約束のJUNKOに電話。おぉぉぉ、久しぶり〜!
というわけで、ご飯をともに食す。JUNKOの友人も同席。するとその友人と仕事を一緒にしている、という人が来るという。名前を聞いてびっくり。2年くらい前に一度研究室でゲストとして呼んだことのあるY氏。こんなところで偶然のつながり。しかもY氏、我がボスの大学時代の研究室の1年後輩、ということは我らが大先輩。
JUNKOの友人はY氏のバックグラウンドが建築であることすら知らなかったという。世の中狭いな。

で、帰りにちょいとロックフェラーセンターの屋上に上りニューヨークの夜景を堪能して、、、タイムズスクエアをみて(ミーハー・・・)ホテルに戻る。
考えていればいままでなんどかNYはきていたけれど、夜のNYをみたことがなかったかもしれない。一度だけColumbiaでパーティー企画して一晩Columbia大学で過ごしたけれど、、学内で一晩大騒ぎしていたので、そとはみていなかった。なので、夜NY初体験。
そして、水かってビールかってホテルへ。。。
今日のホテルはインターネットがサーバーダウンとのこと、やれやれ、老舗はこれだから困る

2006年10月22日

ITHACA

ニューヨークに夜ついて、一晩寝たら早速翌朝8時にこちらのA氏と待ち合わせし、車でIthacaへ。
昼から、Eco Village at Ithaca視察。
ここの仕掛け人であるLizに案内いただく&インタビュー。
ディベロッパーがごく一般的な開発行為を仕様とした計画を行政が拒否し、さらにディベロッパーが倒産したのを受けてNPOが購入、Eco Village化した、ということらしい。
このなかで自治の仕組みやコミュニティ計画がなされていく。
やや、コミューン的な気配を感じるが、運営の仕組みとしては参考になるところ多し。
土地所有をNPOがやっているのですが、購入代金の返済を10年ですませた、というところがすごいな。。。
G先生はこれを荻ノ島に応用せよ、というが、、たしかに応用できればよいが日本とアメリカでは土地建物に対する執着心が全然違う。これをどう乗り越えるかが課題だな。

明日はCornell大学を見学して一路ニューヨークへ。
ニューヨークに着いた後は5年ぶりくらいに旧友Junkoとあう予定。これも久しぶりで懐かしい。
とうか、「旧友」というつもりのないんだが、、、考えてみるともう7年も経つと考えると、旧友だ。。。。

あまりの時差ぼけにやられつつ、、、、あ〜眠い。

それにしてもIthacaは寒いです。
坊主マンにとって冬の寒さはなかなかこたえます。

2006年10月21日

東京→ニューヨーク

20日 東京→ロサンゼルス(ロサンゼルス国際空港待合室にて記述)
今回の旅程では東京→ロサンゼルス→NYとなっているので、今は途中のロサンゼルスで乗り継ぎのための待合室です。
現在、、、日本時間で朝の4時をまわったところ、眠い。
しかーし、寝てよいものか、寝ないでがんばった方がいいのか微妙。
というわけで、本を読んでもうとうと。

で、あと1時間待ってこちらの国内線でNYに移動して、空港近くのホテルにチェックインするのがおそらく、現地時間の夜10時ころで、翌朝8時にNY在住の人が迎えに来て一路Ithacaへ、という比較的強行スケジュール。

うーん、どうなることやら。

2006年10月20日

アメリカ行き

これからアメリカ行き。
というか、一昨日のよる大学の教職員による僕の歓迎会。当然のことながら車の人はノーアルコール。
というか、アルコール飲むには朝、公共交通で大学まで行かなくてはならない。
すると、自宅→バス→長岡駅→柏崎駅→バス→大学となる。
まぁ、そんなに苦労はなさそうなのですが、いかんせん毎朝各種手続きが残っている私には車は必需品。
18日の朝も、修理に出していた車を取りに行って代車をおいて、警察行って車庫証明とって、、、急いで大学へ、、、
という感じなので、、、公共交通は使えない。
ということは飲めない。
で至って穏和な歓迎会のあとちょいと仕事してから帰宅。
家に帰って今日からの出張の準備をちょいちょいとやって、昨日の朝一番で東京へ
これも公共交通使わなくてはいけないので長岡での初バス。
早稲田の研究室までドアtoドアでだいたい3時間でした。
思ったより近いな。。。。
研究室ついて出張関係の書類の確認、福岡のプロジェクトの打ち合わせ&卒論ゼミ、修論ゼミ。
終わった後、学生とのみ。
いや〜、久々の「飲み」会。今まで会合はあってもすべてノンアルコールだったため、飲みは久々
というか、壮行会以来の飲み。
いや〜。おかげで今朝は心地よい二日酔い。

というわけで、これからニューヨーク、イサカ、ボストンとインタビューして回って、、、
出張中も各種書類作りしないと帰国後大変なことになりそうだ・・・

2006年10月17日

ローカルヒーロー大図鑑

以前、出版でお世話になった編集社の人に転任の挨拶状をだしたら、、、彼が手がけた本を2冊送っていただいた。
内の1冊が「ローカルヒーロー大図鑑」。ふっと一息の時にぺらぺら見るとおもしろい。
ちなみに、ここ新潟県は「離島戦隊 サドガシマン」。
なかなかおもしろそう。。。

2006年10月16日

「学識経験者」と呼ばれる

本日は、県の事業で柏崎市内の川の内水対策事業の委員会でした。
私はといいますと、なんとなんと、「学識経験者」という位置づけで委員になっておるのであります。
なので、住民代表の方や行政関係者から「先生、先生、、、」と・・・

これは、めっぽう不慣れで困ってしまうのですが、一方では責任重大であると肝に銘じます。
ただ、私のポリシーは市民とのコラボレーション。まずは区長さんたちと仲良くならなくては始まらない。
仲良くなって、卒論生張り付いてもらってワークショップやって!ってことが出来るかどうか・・・
というのもこの事業、昨年の大水害の際の内水対策でポンプを国の支援でつけるのだけど、それだけじゃね。
結局、対応レベルをあげたところでその上をいく水害が起こらない、という確信はないわけで・・・

というわけで、重要なのはソフトで水害を予見する文化を地域に根付かせないとダメ。
って、実はそんな知恵はお年寄りたちは当然もっているわけで、それを若い者たちへと引き継ぐことが重要。
なので、マップをばらまくのでなくてどうやったらそのマップづくりから若者を巻き込んでできるか、ということ。
さぁ、学術系俺一人で一回りも二回りもうえの方々を引っ張っていけるか・・・

で、委員会からもどったらまた再び書類づくり書類づくり。
明日の講義の準備はひとまず終わって、、、書類づくり書類づくり・・・
19日から東京経由の北米出張ですが、、、例のごとくまた準備は前夜になるのかな?
今回は前夜もドタバタしそうだ・・・なにせ前夜は大学主催の私の歓迎会withノーアルコール。
一度学科の歓迎会でノーアルコールを経験しましたがなんとも不思議な「会食」でした・・・。

2006年10月13日

卒論中間

卒論の中間発表を60人弱分聞く。
ここはあまり学科が大きくないので、4年生全員の卒論を全教員で聞く。
構造系・材料系・環境系・計画系などなど、、、
あらゆる分野の論文を聞く。
それはそれで新鮮である。

で、コメント。専門をかまわずコメント。。
うーん、やっぱりちょいとまじめで素直すぎだな・・・
それにしてもバタバタ・・・

2006年10月07日

吉阪本

今日は土曜日、学生もいないしせっせと研究室に持ち込んだ膨大な本の整理。
しかーし、どうもどう整理していいのかわからん。。。
理想的にはテーマ毎に並べたいのだが、、、やっぱり、テーマってのは相互にかぶり合っているわけで、これも近いこれとこれはこういう感じかな?とひとりKJ状態。
あ〜。
というわけで、、、、ひとまず、オーラル・ヒストリーがらみと吉阪先生がらみをシリーズ化してみる・・・
おぉ、、、こつこつ集めてきたオーラル・ヒストリーがらみの本二十数冊。
さらにびっくり吉阪先生シリーズも結構そろった。
・吉阪隆正集1〜17
・乾燥蠃生い立ちの記
・住居学
・告示録
・住民時代
・アニマルから人間へ
・ピラミッドから網の目へ
それに
DISCONT、都市住宅吉阪研特集号、吉阪隆正の迷宮、吉阪隆正とル・コルビジェ
これだけそろうといい気分。
ただ、並べるばかりでは意味がない。少しずつ租借して行かなくては・・・・

2006年10月06日

個人研究室ライフ

こちらに移って個室を頂いているが、個室=ひとり部屋である。
まぁ、バタバタとしているときは集中できていいのだが、誰ともコミュニケーションをとらないことも可能である。
幸い、ここ数日毎日学生が訪ねてきたり、市役所や県の人が訪ねてきたりで比較的出入りがあるからいいものの、これ、人の出入りがないと結構さびしいだろうな。
というか、水曜日に市と県の人が来て、今日はまた市の別の課の人が挨拶に来た。
いつも間にかに伝わるものですな。
今日来た市の人はおれの学位論文まで調べていた・・・恐るべし。。。

ついでに前職の時にしつこくされた営業電話までついてきた・・・。やれやれ・・・。

この職は結構忙しいようだ、と今頃気づく。

2006年10月04日

初講義

初出勤の翌日には早速、初講義。
学部3年生の「都市計画」という授業。
というか、突然言い渡されてあまり準備する期間もなかったので、1時間半もしゃべり続けられるかと心配ではあったのですが、即日レポートの時間を15分残して1時間15分みっちりしゃべり倒しました。
いや〜、思ったよりも緊張とかはなかったですね。。。

で、授業の最後に今日の話を聞いて自分が思ったこと考えたことを自分の言葉で書け、と指令を出す。
研究室に戻ってレポートを読みつつ感動。
「都市計画に興味がわいた!」とか「考え方が変わりました!」ってレポートがいくつもいくつも・・・
おぉ、、、つたわっているじゃないか・・・ 
刺激を受けているじゃないか。。。。


というわけで、すばらしい初講義となりました。。。。

2006年10月02日

初出勤

本日、新潟工科大学助教授としての初出勤でした。
というのに、朝は雨。今も雨。
大学着いたら、自分の研究室の中には早稲田から送った段ボールがいっぱい。
で、まずは辞令交付式。やたらかしこまった感じ。
続いて荷物整理して、学科会議。
続いて事務室に呼ばれていろんな担当者が俺の所に来て次々と説明していく・・・
ようやく解放されたときはもはや4時。昼飯食い損ねる・・・。
そして、明日は初講義もあれば住民票関係の手続きいっぱい。
バタバタしそうだ・・・。
電話を設置したと思いきや、いきなり電話があって明後日は早くも市と県から来客らしい。
これこれ、、、周りの動きは速すぎる。。。

このブログもあまりバカなことは書いてられないな・・・