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2006年09月26日

「早稲田建築学報2007」完成

編集を担当している雑誌「早稲田建築学報2007」が完成しました。
来月上旬には大型書店に並ぶと思います。
超先走りで、「2007」とタイトルに打ちました!
おぉ、すげぇ。
今回は前号からわずか半年で出す、ということで準備も大変で、本当に、、、もう、アルゼンチン行く当日まで校正をやっておりましたが、無事完成。できたものを手に取るとなんだか感慨深いものがありますな。

そして、これが助手最後の仕事ってわけで・・・
いや〜、満足満足。
あとはどう売れてくれるかだな・・・

東京を離れます!

さてさて、久しく更新が遅れました。
どうもバタバタでネットのことなど考える暇もなく、、、恐るべき出張ラッシュが日曜日に終わり、昨日今の大学での最後の授業をやり、、、さて引っ越し。
このサイトを誰が読んでいるのかよくわかっておらんのですが、

来週からこの大学の助教授になることになりました。
皆様、いままでお世話になりました。そして、今後ともよろしくお願いいたします。
新潟方面に遊びに来る際は一言お声かけください。。。

というわけで、今週をもって今の大学を退職して次の大学です。引っ越しです。なのにめちゃめちゃ忙しいのですが・・・。
とりあえず、今日研究室の荷物を全部宅急便で送って、家かえって引っ越し屋さんに荷物運び出してもらって、、、講義の準備をせねば・・・。

というわけで・・・。

2006年09月16日

引っ越し準備は大変面倒

引っ越しの準備してます。
僕はこの手の作業はとっても嫌い。
だから、全然引っ越さないできた。しかーし、引っ越さねばならぬ時は引っ越さねばならぬ。
というわけで、とりあえず段ボール買ってきて詰め始めるもすぐに足りなくなる。
あ〜。

僕はどれだけの書籍をため込んだのやら・・・
明日再び段ボールを買ってこよう。。。。

2006年09月13日

帰路 〜その3

9月11日(ヒューストンー成田間機内で記述)
えっと、ここにきて、くたびれ果てつつあります。ブエノスアイレスのホテルをでて27時間がたちましたが、成田まではあと5時間かかるという表示。。。しかし、時差ぼけ解消を考えると、今日は寝ないで頑張らざるを得ない。であるのに、その今日はまだ午前9時。12時間後には軽井沢のセミナーハウスについていたいところだ・・・。
それにしても考えてみればブエノスアイレスは東京の真裏、緯度経度も完全に逆です。なので、この行程ってのはおそらくは地球上で考えられる一番遠いところを結んでいるのだなと・・・まぁ疲れるはずだ・・・
持ってきた本も読み終わり、すでに機内上映の映画は3本観たが、、2回目を観てしのぐしかないな・・・。

2006年09月12日

帰路 〜その2

ーロッパ調の美しい町並みがひろがっているのですが、数キロ郊外にでるとスラム街が広がっています。このスラム街には電気が供給されていないらしく、夜になると真っ暗になります。そのため、空から見ると中心部だけが夜景としてくっきりと暗闇に浮き立つのです。しかも、ほとんどの明かりがオレンジ色なので更に綺麗。これはかなり大感動でした。

 さらに高度を増すにつれ、見える距離が広がるのですが、そうすると、暗闇のなかにブエノスアイレスのダウンタウンを中心に放射線状にポツンポツンと広がる郊外都市が浮き上がってみえます。これにさらに大感動。今まで数多く飛行機に乗ってきましたがこれほど離陸後の時間を満喫したことはありませんでした・・・。おかげで、その後の10時間ほどは、、、、ただただひたすら狭さと寒さに耐える時間となりました・・・。

さて、今ヒューストン空港。あと3時間ほど待合室で時間をつぶしてから、再び東京に向かって十数時間の空路です。今度はちゃんとカウンターがオープンしたら通路側であることを確認したいと思います。

2006年09月11日

帰路 〜その1

9月9日(ブエノスアイレス空港待合室にて記述)
飛行機が夜9時50分発、ということで、5時半くらいまで最後のブエノスアイレスを闊歩して、タクシーのって空港へ、諸手続をすませて待合室まで来てみると、隣のゲートが大混乱、暴動寸前、というか、職員が群衆に囲まれてシュプレヒコールのような状態。全部やりとりがスペイン語なのでどういうことでこうなっているのか、分からないが、100人前後の人達がわめいております。
近くのアメリカ人によると、午前10時発のはずの便が9時前の今でもまだ搭乗できない状態が続いているという。さっきの一盛り上がりはさらに飛行機が遅延したのかな?
こちらのゲートはアメリカ行きの便なので、待合い席に入るときに2回目の手荷物検査があって、それいがいの場所といすで隔てているのだけど、それでもその壁も群衆に飲まれてしまって、、、セキュリティどころではないな。
こんなんで大丈夫なのかな?こちらはアメリカに比べればだいぶ緩い、というか、探知機とおった時にピーってなってもボディーチェックするだけで再度通り抜けることは要求されない。こんなんでいいのかな?と思いつつもまぁ、こちらは楽ちんなので、よしよしよう。今回はこちらに来るときの便とはちがってちゃんと準備をしたものだから、ちゃんとブエノスアイレスーヒューストン間、ヒューストンー成田間も通路側の席を確保することができました。やれやれ。
でも、これからヒューストンまで12時間、ヒューストンで4.5時間待って成田まで11時間(かな?)、更には成田から軽井沢まで直行です。どうなることやら・・・。おそらく人生史上もっとも過酷な移動になることは確かなようです・・・。
恐ろしや恐ろしや・・・
というか、この待合い席に入る直前の2回目の手荷物検査ですが、、、、一度入ってしまうとこの囲いの外に出れないので、トイレにも、水飲みにも行けません・・・・いったらもう一度検査です。。あ〜面倒。というわけで、搭乗までしばし我慢。

2006年09月09日

コルビジェの住宅

9月8日(夜寝る前記述)
7日でワークショップが終わり、今日はとなりのラ・プラタまでバスで出かけてみました。目的は一つ。ル・コルビジェが設計した住宅を見学に行くこと。イタリアの学生と3人でバスに乗りはるばる行ってきました。ガイドブックに載っていないところに行くにはスペイン語と通じるイタリア人を利用するのがベストです。でコルビジェの住宅ですが、今は見学できるようになっていて、案内付きで見学できました。
1949年にたったお医者さんの執務室&自宅だそうです。なかなか気持ちいい空間でした。思わず100枚を越える写真を撮ってしまいました・・・
というか、ここアルゼンチンは地震が無いためか、構造がやたら適当に思えます。え〜!こんなんでいいの?と思うようなラーメン構造に煉瓦で壁を埋めたようなマンションばかりです。これで地震が起こったら大変だ・・・
で、建設現場とかをみると、まさにコルビジェのドミノ理論状態。建築の自由度は上がる一方だと思いました。なので、超高層の建築中の建物を見ても、おぃ!って感じのビルがたくさんある。遠目に見て「あれ、梁がねーぞ!」という建物が至るところにあります。。。

そんなこんなで、いよいよブエノスアイレスも明日離れることになりました。今日はまだ残っていたイタリア人達と晩飯のステーキをたらふく食べて、ハグでわかれて・・・(って、また明日の朝食で会いそうだが・・・)明日は午前中ショッピングして、恐るべき帰路に備えます。

というか、Sさん、今日一足先にバークレーにむかったのだけど、、、部屋にご家族へのおみやげ忘れて行っているのですけど・・・。これ、俺に持って帰れってことか???

ワークショップ終了!

9月7日(プレゼン中記述)
結局、調整不足で最終のプレゼンの日まで来るはずの行政関係者も来ず。ラテン系のワークショップの進め方はまたこれストレスがたまる進め方。いったいどうなっていることやら・・・
というわけで、最後のプレゼンテーションももはや毎日場当たり的に行われる中間発表でおおむね説明ずみなので、若干追記したことのみ説明して終了。
はて、この期間で得られた者は人脈以外にあるだろうかと思ってしまう。まぁ、人脈は貴重な財産であるからよしとしよう。


しかし、ブエノスアイレスという町は実に美しい町であるわけであって、この町にとってBARRANCAと呼ばれる斜面はいわゆる微地形であって、それがまちの主要な要素となっているわけではない。どうしてこのBARRANCAにこれまで注目するのか、最後まで不思議で仕方ない。前提条件として認識しようという動きも分かるがうーん、と腕を組んでしまう。

何はともあれ、、、、今回のワークショップ期間で、、、、、、だいぶ太った気がします。それはまた当然で、毎日ステーキ&ワインでは仕方がない。さらにはエンパナーダと呼ばれるおいしいパイも食べまくってしまうので、ベルトの上に柔らかいものが乗っかりつつある次第です。これは日本に帰ったら再び気合いを入れて絞らないとまずいな・・・

2006年09月07日

こちらもだんだん暖かくなってきました

9月6日(朝記述)
しばらく更新できませんでした。理由は複数。書く前に寝てしまうのと、インターネットになかなかつながらないこと。やはりここはまだインターネットは普及していないようで、フロントにあるネットに接続されたコンピューターはいつも混んでいる。私はといいますと、どこからともなくやってくる電波をキャッチしてネットにつないでいるものだから、なかなかにして不安定。

それは、ともあれ、、、

ようやくワークショップも終わりにさしかかりましたが、微妙な違和感を感じつつ、内容的にはなんだか、どうでも良くなってきてしまう。つまるところの今回の目的ははるばるアルゼンチンに来ることと、人脈を広げることでしょうか。。。まぁ、それだけでも十二分に目的として成立するでしょう。
というのも、どうもここ数日朝一番に運が良ければネットにつなげてメールを見れるのですが、そのメールに一喜一憂状態。心は落ち着きませんな。
さて、昨日の夜はバークレーチームの主催でホームパーティー。彼らが借りているアパートにみんな集まり、ワインを堪能。さらには、彼らバンドまで呼んできてホームパーティーなのに生バンド。こういう発想は普通の人は市内よな?日本では一発で大苦情だよな?と思いつつも、楽しむ。
そのままタクシーでホテルに帰るも一瞬にして就寝。朝起きると服もそのまま布団にも入らず寝ていた。しかーし、このホテルの不思議はどういうわけか、暖房も入っていないにもかかわらず、なぜか暖かい。外はそれこそ朝には4度とか5度とかまで冷え込むにもかかわらず部屋の中は暖か。とっても不思議です。

さてさて、アルゼンチン滞在もあと、数日を残すのみとなりました。意外に長いと感じていたのがやっぱり、終わりが近づくと短く感じるのもまた不思議。ここアルゼンチンはなかなかにして快適です。気候もよい。まぁ、今は寒いが南半球の9月は日本でいえば、3月か・・まぁ朝晩は冷え込むのは致し方ないところ。食べ物は本当においしいし、物価やすいし。。。珍しくも買い物しようかと思ってしまう場所でございます。皆様30時間の旅に耐える自信があれば一度訪れる価値のある国ですよ。まぁ、英語はまったく通じないので、その前にスペイン語の勉強が必要ですが・・・僕はいつもイタリア人にメニューの質問攻撃を加えていろいろと堪能しておりますが、スペイン語を解さない人のみでのレストランはなかなかギャンブル性を伴います。それも、また旅の醍醐味といえば醍醐味なのですが・・・。

2006年09月05日

日向はかろうじて暖かいが、日陰に入ると一気に冷えます。。

9月4日(寝る前更新)
ここ二日ほど、寒いです。息が白いです。
南半球であるから、それなりに暖かいであろう、と踏んでいた僕は間違っておりました。
今朝の天気予報(スペイン語なので画像でしか理解できない)では、今日の最高気温は11度。やっぱり真冬だ・・・。
というわけで、凍えつつ作業。
日本とのメールのやりとりに一喜一憂しつつも、楽しめるのはこれが最後と作業に精を出す?
だしてないかも・・・もうも、気合いの入れ方にお国柄がはげしくでるようで・・・
のんびり人間にあわせているといろいろと時間がかかる。。。
というわけで、明日はちょいと作業をつっぱしって、すっぽかして、楽しもうと思います。
なお、こちらはワインに限らずビールもやすいです。
今日も夕食後に買ってきたビール500mlで1本100円程度。
あ〜、これは酔っぱらい生産国家だ・・・

2006年09月03日

朝晩の冷え込みが厳しく、昼過ぎにならないと暖かくなりません

9月2日(9月3日朝更新)
今日は午前中にブエノスアイレスのはじっこの方までバスで案内してくれるという。おぉ、楽しみ。で朝9時半出発の予定で集合。当然のことながらのんびりイタリア系により10時出発。これはイタリア人とは仕事はできないな。
で、バスツアー。これまた不思議なバスツアー。ガイドなし。なので、バスで走るだけ。当然のことながら眠くなる→寝る。時々面白そうなところで起きて写真。Sさんは逐一地図で走っている場所をチェックしているので場所はわかる。よい。でも、ガイドなしはいかがかな?
で、12時半くらいに終了。おいしいランチを食べて、午後はOFF。Sさんとおおむね日本の1/3の値段である、ということで珍しくもショッピングに繰り出す。しかーし、元々ショッピングに無関心な二人なので、どうにもテンションがあがらない。でもやすいので、買わなくては存した気分。というわけで、ジャケット購入。しかしそれ以上は買えずじまい。
あしたは日曜日、午後に集合して作業開始、としているので、午前中は朝市にでも出かけます。

2006年09月02日

今日は雨でした。寒いです。

9月1日(寝る前更新)
今日は朝はみんなの集合場所に行かずにさっさとフィールドで落ち合ってそこのオープンカフェで打ち合わせをして個人調査をすませて、午後に例の給水塔に集合。ガガッとまとえて、中間発表。
ところが、イタリア系の先生方はどうやら基礎調査にはまったく興味なく(というか、提案よりもサーベイ重要って言ってたじゃんかぁ〜!)、ちょっと出されていた提案につっこみまくりのアイデア乗せまくりで、我々は結構閉口。
まぁ、作業の進め方、クリティークの仕方も国柄があるとでもいうのでしょうか・・・
作業終了後はバークレーの連中が泊まっているアパートにみんなで押しかけてひとまずワインを飲んで、それから夕食会。毎晩夕食会。ステーキ食べてワインをのんで、ひとり600円。これは酒飲みのみとしてはありがたい。なんといってもスーパーで買えばワインがボトル1本100円〜300円程度でおおむね手に入る、というのは、日本でにわかに信じがたいが事実である。
おかげでついつい、昼飯でワイン、晩飯でワイン、いきなりワイン、ということになる。
まぁ、良かろう。

2006年09月01日

アルゼンチンでの作業部屋はなんと、、旧給水塔。

8月31日(宿より更新)
ワークショップがはじまって、毎日夜が遅いのと大変お疲れなのとで、記録を取る余裕がありませんでした。さて、ワークショップは全体を2つのグループに分けて作業に入っております。でも、まぁ、いわゆるシャレットワークショップになりぎみ(世界遺産話は地に足がついていないので総じて無視?)なのをいかに有益な者に帰るかがテーマだな、ということで、グループとしては提案オリエンテッドなのではなくサーベイオリエンテッドに勧めよう、という方針でしょうね。

というか、今までのことをながなかと加工かと思いきや、、、すみません、、、もう眠い。